東京地方裁判所 平成4年(ワ)19926号 判決 1994年6月09日
原告
田邊夏樹
被告
影山賢治
ほか一名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告らは、原告に対し、各自金二五五四万七六七七円及びこれに対する平成三年一〇月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 平成三年一〇月二日午後一一時五五分ころ、原告が運転する原動機付自転車(三鷹市う六二五三。以下「原告車」という。)が信号により交通整理の行われている東京都調布市西つつじが丘二丁目三〇番地先交差点(以下「本件交差点」という。別紙現場見取図参照。以下、同図面を「別紙図面」という。)に、東から西に向けて直進走行して進入したところ、左方(南)から北に向かつて直進しようとして同交差点に進入した。被告影山賢治(以下「被告影山」という。)運転の普通乗用自動車(多摩五五い九二四〇。以下「被告車」という。)と衝突したため(以下「本件事故」という。)、原告は負傷した。被告車は被告三鷹交通株式会社(以下「被告三鷹交通」という。)が保有する業務用タクシーであるところ、被告影山は、同車を被告三鷹交通の業務として運転していた(以上の事実は、当事者間に争いがない。)。なお、原告の傷害の内容は、脳挫傷、頭蓋骨骨折、頭蓋内出血、下肢骨折である(成立に争いのない甲第三号証)。
二 本件は、被告車の運転者である被告影山が、本件交差点の進行方向の信号が赤信号であるにもかかわらず、これに十分注意を払うことなく、赤信号を無視して同交差点に進入したとして、原告が、被告影山に対して民法七〇九条、被告車の保有者である被告三鷹交通に対して自賠法三条、民法七一五条に基づき損害賠償を請求した事案である。原告主張の損害額の内訳は、治療費一六七万八三五〇円、入院付添費八二万〇四三六円、入院雑費二一万三二〇〇円、入院慰謝料四六万九〇〇〇円、後遺症慰謝料三三一万円、逸失利益一三二三万六六九一円、弁護士費用一六七万円等である。
これに対して、被告らは、被告車は、本件交差点手前で信号が赤だつたので停止位置で停止して信号待ちをし、信号が赤から青に変わつたので発進したものであり、被告影山には赤信号を無視したという過失(又は前方不注視の過失)はなく、本件事故は、赤信号を無視し、かつ無灯火のまま本件交差点に進入した原告の一方的過失に基づくものであるから、被告らには本件事故について責任がない旨主張する。
三 本件の中心的争点は、被告らに免責が認められるかどうかであり、それが認められない場合は、原告の損害額も争点となる。
第三争点に対する判断
一(本件交差点の状況)
成立に争いのない甲第一六号証、乙第二号証、本件現場付近の写真であることに争いのない乙第八号証、原告本人尋問の結果によれば、本件交差点は別紙図面のとおりの状況であり、その南東角には堀部分の住居があつて道路際一杯に建てられた塀のため、被告車の進行方向からも、原告車の進行方向からも交差点内に進入した後でなければ相手車両を見ることができないこと、被告影山の進行方向は本件交差点まで相当の上り坂であり、本件交差点を過ぎてからは下り坂となつていること、原告の進行方向はほぼ平坦であることが認められる。
二(被告車の進行方向の信号の表示について)
1 被告影山本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告影山は本件事故直前に、本件交差点手前の上り坂で自己の進行方向の赤信号の表示を遵守して停止したこと、本件事故当時、被告車には客が乗つておらず、被告影山は特定の目的地に向かつて急がなければならない状況にはなかつたこと、被告影山は、本件交差点の手前の上り坂で停止するために、サイドブレーキを引き、ヘツドライトをスモールにし、ギアをニユートラルにして足をフリーの状態にしており、発進するために手間がかかることが認められ、右認定に反する証拠はない。これらの事実は、被告影山が、本件交差点手前で、進行方向の赤信号が青信号に変わる前に、あえて被告車を発進させて本件交差点に進入したとするものではなく、被告影山は進行方向の信号が青信号に変わつたことを確認した上で、被告車を発進させて本件交差点に進入したと推認させるものであり、現に、同被告は、本人尋問において、本件交差点の信号が青に変わつてから被告車を発進するための操作を行つたと供述する。そして、これらのことは、本件事故直後において、被告影山が外池徹に対し、「青になつて出たら横からバイクが飛び出してきた」旨話していたこと(証人外池徹の証言)とも符合するものということができる。
2 これに対し、原告は、被告影山が進行方向の赤信号を無視して見切り発車した旨主張し、これに副うものとして、原告本人は、本件交差点の手前の停止線(三鷹市中原二丁目二五番駐車場の南側にある、本件交差点の横断歩道の端から六・四メートル緑が丘方面寄りにある停止線。別紙図面参照。以下「本件停止線」という。)を越えたときに進行方向の信号が青色から黄色に変わつた旨繰り返し供述する。
しかしながら、<1>原告車は、本件停止線を通過してから被告車と衝突するまでの間時速三五キロメートル(秒速に換算すると、毎秒九・七二メートル)以上の速度で走行していたこと(原告本人尋問の結果)、別紙図面のとおり本件停止線から本件交差点手前の横断歩道までの距離が六・四〇メートル、横断歩道上にある原告車の位置を示す<ア>の地点から本件事故の衝突地点までの距離が六・二〇メートルあり、本件停止線と本件事故の衝突地点までの距離は、少なくともそれらを合計した約一二・六〇メートルあると考えられること(前示乙第二号証)、したがつて、原告車が本件停止線を通過してから本件事故の衝突地点に到達するまでの時間は約一・三〇秒であると考えられること、<2>外池徹は本件事故当時、本件交差点から北東側の歩道上を北側へ遠ざかる方向に歩いていたが、本件事故の衝突音を聞いてすぐに振り返つたところ、被告車の進行方向と反対方向の信号が青色であつたこと(したがつて、被告車の進行方向の信号も青色であつたこと)、衝突音を聞いてから振り返るまでは一秒か二秒であつたこと(証人外池徹の証言)が認められ、これらの認定事実を前提にすると、原告車は、外池徹が被告車の進行方向の信号が青色であることを確認した時点から約三・三〇秒前から約二・三〇秒前までの間に本件停止線を通過していなければならないこととなる。他方、成立に争いのない乙第五号証によれば、原告車の進行方向の信号が黄色を点灯させる時間は三秒間であること、右信号が赤色を点灯させた後も二秒間は被告車の進行方向の信号も赤色の状態(全赤の状態)であること、その後被告車の進行方向の信号が青色となることが認められ、この信号のサイクルに照らしてみると、原告車が本件停止線を通過した時点又は通過した後に原告車の進行方向の信号が青色から黄色に変わることは到底あり得ないのであり、原告本人の右供述は採用することができない。
3 なお、原告は、本件事故当日成城大学のクラスコンパがあつて飲酒しており(原告本人尋問の結果)、本件事故直後、現場で実況見分に来た警察官が被告影山に対して原告が飲酒していた状態にあることを話していること(被告影山本人尋問の結果)、警察官が事故直後において原告の血液中のアルコール濃度の捜査の必要性があると判断し(成立に争いのない乙第六号証)、捜査の結果、原告の血液一ミリリツトル中に〇・三ミリグラムのアルコールが検出されたこと(成立に争いのない乙第七号証)からすれば、原告は本件事故当時、客観的にみて飲酒していた状態にあつたことがうかがえるのであり、前項の事実及び頭蓋骨骨折等の重傷を負い、一か月以上意識が戻らなかつたこと(前示甲第三号証、原告本人尋問の結果)と照らしてみると、原告の供述は、本件事故当時の記憶を再現したものとして十分な信用性を有するものとはいい難いといわざるを得ない。
4 以上によれば、前示被告影山の供述を採用し、同被告は、進行方向の信号が青になつてから被告車を発進させたもの、逆にいえば、原告が赤信号を無視して本件交差点に進入したものと認めるのが適当である。
なお、原告は、被告影山が被告車の停止位置から五・三メートル先にある横断歩道のために設けられた歩行用信号が赤に変わつたことを確認して見切り発車したと主張するが、これを認めるに足りる証拠がない。
三(原告車が本件交差点に進入した際に原告車の前照灯が点いていたか否か)
1 被告影山は進行方向の信号が青色になつたことを確認した上で、本件交差点に進入したことが認められることは前記のとおりであるが、たとえ進行方向の信号が青色であつたとしても、交差点に進入するに当たつては前方のみならず側方の安全に注意を払わなければならない(道路交通法三六条四項)のであるから、仮に、被告影山がこれを懈怠したとすれば、被告影山は本件事故について責任の一端を負担しなければならない。
しかしながら、被告影山は、本件交差点に進入した際、左右の方向、特に交差道路が右から左への一方通行であることから右方向を重点的に注意していたこと(被告影山本人尋問の結果)、後述するとおり、原告車は前照灯を点けていなかつたのであり、前示本件交差点の状況からすれば、原告車を十分余裕をもつて発見することは不可能であつたということができ、原告影山にかかる責任はないといわざるを得ない。
2 本件交差点に進入した原告車が前照灯を点けていたか否かについて判断するに、被告影山は本件事故の衝突直前に右から黒い物体が近づいてくるのを発見していること(被告影山本人尋問の結果)、被告影山が同様のことを事故直後に外池徹に話していること、外池徹は本件事故の衝突音以外に急ブレーキをかける音を聞いた記憶がないこと(前照灯が点いていれば、被告影山は、夜間であるので前照灯の光により衝突時点よりもかなり前に原告車の接近を発見することができ、すぐに急停止措置をとつたはずであるが、被告影山はかかる措置をとつていない。)、外池徹は本件事故直後に倒れている原告車を見ているが、その際原告車の前照灯が点いていたことを記憶していないこと(以下、証人外池徹の証言)、本件事故後被害の模様を実見した警察官が、原告車の右ウインカーが点滅していたが、前照灯は灯火されていなかつたことを現認していること(前示乙第二号証により認める。)からすれば、原告車は前照灯を点けていなかつたと認めることができる。
これに対し、原告は前照灯を点けており、前照灯が消えていたのは衝突によつて壊れていたからである旨強調して供述するが、原告の供述には前記のとおり信用性が十分とはいい難く、また、本件事故によつて、点灯している前照灯の機能を失わせる程度の損傷が原告車に発生したものとは外形上認められないこと(弁論の全趣旨により成立が認められる甲第一八号証の一及び二)からすれば、原告の右供述は到底採用できない。
四(免責の可否)
以上によれば、被告影山には特段の過失が認められず、本件事故は、原告の信号無視、無灯火の一方的過失により生じたものと認めるべきである。そして被告影山本人尋問の結果によれば、被告車両には構造上の欠陥又は機能上の障害がなかつたことが認められる。
第四結論
以上のとおり、被告らには本件事故についての責任を認めることができないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
(裁判官 南敏文 大工強 渡邊和義)
現場見取図